The postmodern has come.

公明党が改憲の地ならしをしている

遠山清彦以来の伝統

前々からこういう動きはあったけども、目に入ったので。

かつて青年委員長を務めていて、キャバクラ通いで議員辞職した元衆院議員の遠山清彦も、日本会議系の改憲派集会に出て、櫻井よしこのご機嫌伺いまでしていましたが、どうやら公明党の青年委員長は憲法改正のための切り込み隊長を任されているのかもしれません。

上意下達のサラリーマン議員である公明党の議員がスタンドプレイで憲法改正のような重要事項について言動を行うことは考えられないので、(公明新聞の記事になっているので当然ですが、)創価学会や公明党の本部の方針だと考えるのが自然です。現に、遠山清彦は「改憲のためなら俺が創価学会婦人部を黙らせる」と公言し、その後沖縄でデマ騒ぎを起こすという不祥事がありながらも、幹事長代理、小選挙区転出、と着々と党内の出世街道を進んでいました。

相変わらずの詭弁

国民投票法をつくるためには、本来国民が憲法改正を望んでおり、十分にその機運が高まってきたという必要がなくてはなりません。しかし、この矢倉が認めるように国民は現時点での憲法改正など議論もしていません。なのに、法律の制定を急ぐというのは、国民の要望や議論に期待ができないから、外堀を埋めてしまって政治家主導の憲法改正をしたいという狙いがあると考えるべきです。

そもそも、国民投票法をつくれば憲法の原則への国民の議論と理解が深まるという理屈が意味不明です。まるで、既成事実を作ってしまえば女性を思い通りにできると思っているスケベ男の理屈そのものです。

公明党の議員秘書をしていた経験から言いますが、こうした「専門家からの聴取」が、本当に意見形成のための参考のために行われることはありません。大概初めに党で決めた結論や方向性があり、「意見を聞いた」というプロセスを主張するために行われるだけです。そして、どのような意見もこのように都合よく広報に利用されるのです。

基本的に護憲を主張しているはずの公明党が、憲法改正にこのように前のめりになっている理由は何なのでしょうか。創価学会公明党の勢力から言っても、いざ改憲のプロセスがスタートしてしまえば、公明党が主張する「日本国憲法の三原理」など自民党にないがしろにされてしまうのは自明の理でしょう。普通に考えれば、創価学会のリベラルな建前と矛盾することになり、また会内でハレーションを起こしてしまう恐れが強いと思います。

前回の反省か

これは推測ですが、おそらく彼らは2014年の解釈改憲において、創価学会内部の反対勢力が一定の説得力を持ってしまったことを失敗だったと考えているのでしょう。それまでの創価学会公明党は、平和主義、9条堅持を主張してきましたから、解釈改憲で一部の集団的自衛権を認めてしまったことを正当化する弁解は苦しいものにならざるを得ませんでした。

であるから、早いうちに「憲法改正は時代の流れ」、「国民が求めるものを磨く公明党」、「反対ばかりの共産党は議論のできない非国民政党」というイメージを創価学会会員に刷り込み、反対派を封じ込めるつもりなのでしょう。どうせ自民党の改憲は止められないのだから、できる限り組織へのダメージを少なくしたいという意図だと思われます。また、「政治のことはよくわからないから、学会本部や公明党が正しいというのなら正しいのだろう」「自分の方が正しいと考えるのは傲慢」と考える創価学会の会員は多いのです。実は、公明党の議員自身すらもそういう姿勢である節があります。

今年秋の総選挙に向けて、自公政権は着々と準備を進めています。自公政権が選挙に勝ったならば、改憲への具体的な進展があるでしょう。今後、公明党創価学会も各種メディアを使って会内へイメージ戦略を仕掛けてくると思われます。彼らが心配しているのは、この国の行く末ではなく執行部の求心力低下なのです。